妙法蓮華経序品じょほん 第一


   それはある澄みきった日のことでした。
 釈尊は、※1王舎城おうしゃじょうの近く霊鷲山りょうじゅせんにおいて、
 静かに座っておられました。

 その周囲には、※2摩訶迦葉まかかしょう舎利弗しゃりほつ目連もくれん迦旃延かせんねん富楼那ふるな須菩提しゅぼだい阿難あなん羅?羅らごら等を始めとした
 一万二千の弟子たちがおりました。
 また、仏道を学ぶ者たち二千人がおりました。
 ※3摩訶波闍波提比丘尼まかはじゃはだいびくに※4耶輸陀羅比丘尼やしゅたらびくには六千人の尼僧と共におります。
 さらに文殊師利もんじゅしり菩薩・観世音かんぜおん菩薩・薬王やくおう菩薩・勇菩薩たちがおりました。
 皆、阿耨多羅三藐三菩提あのくたらさんみゃくさんぼだいという尊い智慧を得て、多くの人々を導いてきた者です。
 梵天ぼんてん八龍王はちりゅうおう緊那羅王きんならおう乾闥婆王けんだつばおう阿修羅王あしゅらおう迦楼羅王かるらおう
 といった神々も、幾万という弟子たちと共にその場におりました。
 それは譬えようも無い光景だったといえるでしょう。
 そして皆、釈尊を礼拝し、その場に着座したのです。

 その時に釈尊は、この聴衆の為に「大乗経だいじょうきょう無量義むりょうぎ」という教えを語られました。
 そして説き終わると※5結跏趺坐けっかふざし、深い瞑想めいそうに入ったのです。
 すると、天から華々が降りそそぎ、大地が震動しんどうしました。
 次の瞬間、釈尊は眉間みけんから大光を放ち、
 その光明によって東方一万八千の世界を照しだしたのです。

 下は阿鼻地獄あびじごくから、上は阿迦尼咤天あかにだてんまで、
 あらゆる世界が現われ、そこに住む衆生の姿、
 善悪ぜんあくの行ないによって受ける報い・仏道を求める者の修行の様子や、
 数多くの佛が、法を説かれている御姿などが映し出されました。

 この時、聴衆の一人である弥勒みろく菩薩は、次のように想いました
 「なぜ釈尊は、この上可思議の神変じんぺんを現わされたのであろう。」
 そこで、過去に無数の佛に仕えたことのある文殊師利もんじゅしり菩薩に、次のように尋ねました。

  文殊師利もんじゅしりなんゆえぞ。
  眉間みけん白毫びゃくごう大光だいこうあまねてらしたもう
  眉間みけん光明こうみょう東方とうほう万八千まんはっせんてらしたもうに
  阿鼻獄あびごくより上有頂かみうちょういたるまで
  もろもろ世界せかい六道ろくどう衆生しゅじょう生死しょうじ所趣しょしゅ善悪ぜんなく業縁ごうえん
  ここいてことごとく見みる

  仏子文殊ぶっしもんじゅよ。
  ねがわくは、しゅうたがいをけっしたまえ
  世尊せそんは、なんゆえに、この光明こうみょうはなちたもう


 弥勒みろく菩薩の問いを聞くと、文殊師利もんじゅしり菩薩はこのように答えました。
  皆さん、私が過去の世においてこの稀有けうを見たのち、佛は偉大な大法を説かれました。
  ですから、今 釈尊が光明こうみょうはっせられたのも、それにならわれたのでありましょう。
  遠い遠い昔、日月燈明にちがつとうみょう如来という佛がおられました。
  この佛が仏道を説き、※6入滅にゅうめつさ れると、また日月燈明にちがつとうみょうと呼ばれる佛が出現されました。
  その次も、日月燈明にちがつとうみょうと言い、こうして二万の日月燈明にちがつとうみょう如来が、世に出現されました。
  最後の日月燈明にちがつとうみょう如来は、晩年 「大乗経だいじょうきょう無量義むりょうぎという教えを語られました。
  そして結跏趺坐けっかふざし、深い瞑想めいそうに入ったのです。
  すると天から華々が降りそそぎ、大地が震動しんどうしました。
  そして日月燈明にちがつとうみょう如来は眉間みけんから大光を放たれ、東方一万八千の世界を照し出されたのです。
  それは今 我々の眼前にある光景と同じでありました。
 
  弥勒みろく
  その場には二十億の菩薩がおりましたが、この中に※7妙光みょうこう菩薩という者がおりました。
  そして日月燈明にちがつとうみょう如来はこの妙光が、世間のまなこ 良く仏法を保つ者であるが故に
  妙法蓮華経を説かれたのです。
  それは十億年にも及ぶ、長い長い間でしたが、
  皆、身も心も動かさずに聞き続け、
  一回の食事の時間に過ぎないように思われました。
  すべてを説き終わると、日月燈明にちがつとうみょう如来は入滅にゅうめつされたのです。
  その後は妙光みょうこう菩薩が妙法蓮華経を説き、それは十三億年に及びました。
  この妙光みょうこう菩薩の弟子の中に、※8求名ぐみょうという者がおりました。
  この者は常に名声を求め、世俗におぼれ、
  又 諸経しょきょうを読んでも意味が分からず、忘れてしまう者でした。
  それゆえ、求名ぐみょうと呼ばれたのです。
  しかし、このような者でもとくを積み、その縁によって数多くの佛に出会い、
  佛を供養くようし教えを保ちました。
  その者は今 釈尊にめぐり会い、そして未来には佛となるのです。

  弥勒みろくよ、まさる べし
  かの妙光みょうこうこそ私であり、求名ぐみょうは、あなただったのです。

  いまずいるにもとことなることなし
  ゆえ惟忖ゆいじゅんするに、今日こんにち如来にょらいまさ
  大乗経だいじょうきょう※9妙法蓮華みょうほうれんげ※10教菩薩法きょうぼさっぽう※11佛所護念ぶっしょごねんなづくるをきたもうべし。

   (妙法蓮華経方便品第二へ続く)
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  ※1 現在のインド中北部 ラージギル周辺
  ※2 お釈迦様の十大弟子の人々
  ※3 お釈迦様の育ての母
  ※4 お釈迦様の元妻
  ※5 いわゆる座禅の座り方
  ※6 佛が亡くなる事
  ※7 善き光の意味
  ※8 名声を求める者という意味
  ※9 正しい教えの白蓮
  ※10 菩薩を導く法
  ※11 佛に護念された教え