そして釈尊は語られました。 想像すらできない遥かな昔、大通智勝如来という佛がおられました。 その国の名は好成、その世は大相と言われていました。 この佛が滅してから 現在まで大変な時が流れたのです。 例えば、この世の全ての地を磨り潰し、東方へ千の国土を越えた後 一粒を置き、 また千の国土を過ぎた後、 一粒を置いていったとしましょう。 そして全ての塵が無くなった時、いくつの国を越えたのであろうか。 誰か解かる※1算師はいますか。 釈尊よ、そのような者は誰もおりません。 かの佛の滅度よりこのかた、このような無量無辺百千万億阿 僧祇劫という時が経ちまし た。 ですが 私は佛の力を以ってこの昔を今日の事のように思い出すことが出来るの です。 良く覚えておきなさい。佛の智慧は清く、極まり無く、遥かな世を知るのです。 大通智勝如来が阿耨多羅三藐三菩提を得ようとした時、 煩悩の魔を打ち破っても佛の法は得られませんでした。 そしてそのまま一億七千万年もの間 結跏趺坐を行い続けたのですが、 いまだ得られなかったのです。 その時に諸天は高さ11キロもの※2獅子の座を布施し、そこで鼓を打ち楽を捧げました。 梵天王も周囲一千キロにわたって華々を降らし佛を供養したのです。 辺りには香風が満ち、更に新しき華々が舞いました。 このようにして 再び一億七千万年の時が過ぎ、遂に阿耨多羅三藐三菩提を得たのです。 大通智勝如来には出家以前に十六人の王子がいました。 そして父が阿耨多羅三藐三菩提を得たのを知ると、 王子達は かの佛の下へ赴き、佛を心から敬い 丁重に礼拝を行った後 このような偈を語ったのです。 今者 世尊の安穏に佛道を成したまうを見て 我等 善利を得 大に歓善す 衆生は常に苦悩し 冥きより冥きに入り 永く佛の名を聞かず 今 佛最上安穏無漏の法を得たまえり 是の故に ことごとく稽首して無上尊を帰命したてまつる この大通智勝如来が佛と成った時、世界は震動し 日の光がとどかぬ処でさえも、照らし出されました。 その光明は※3十方におられる梵天王の宮殿までとどき、宮殿はより一層輝いたのです。 それを見た梵天王たちは 「いかなる因縁あって このような事が起こったのであろう。」と思いました。 そして話し合っていると、この中におられた大梵天王が 「これは佛が世に現われた瑞相に違いない。」と 皆に告げたのです。 十方の各々から五百万億の梵天王たちがその宮殿と共に大通智勝如来の下に集まりました。 あるいは東方から、あるいは南方から集まり、皆 佛を礼し、その周囲を十万回も巡り、 天の華々を※4須弥山の如く捧げました。 そして宮殿を佛に供養し、教えを請うたのです。 世雄両足尊、唯願わくは 法を演説し 大慈悲の力を以って苦悩の衆生を度したまえ 大聖法輪を転じて、 諸法の相を顕示し、 大歓善を得せしめたまえ 我等 ことごとく帰請し奉る 當に深遠の音を演べたまうべし 世尊未だ出でたまわざりし時は 十方常に闇冥にして多く悪道に堕つ 願わくはこの功徳を以って普く一切に及ぼし 我等と衆生と皆共に佛道を成ぜん 大通智勝如来は梵天王と十六王子の懇請を受け法を説かれたのです。 それは、四諦と※5十二因縁でありました。 すると、それを聞いた六百万億那由佗の聴衆は 苦を離れ 心の平安と大いなる智恵を得たのです。 十六人の王子は出家し、※6沙弥となりました。 皆、心持ち善く、智恵明るく、かつて 百千万億という佛に仕え、 阿耨多羅三藐三菩提を求めた者ばかりです。 そして、この十六沙弥は、阿耨多羅三藐三菩提の法を 大通智勝如来に請い願いました。 すると三千億年が過ぎ去った後にようやく大通智勝如来は 妙法蓮華教菩薩法 佛所護念と言われる法を示されたのです。 この経を説かれた時、かの佛の弟子たちと十六沙弥は良く信受したのですが、 疑いを持った人々も 又 数多くいたのでした。 大通智勝如来はこの教えを説き終えられた後、 静かなる処に於いて、 一兆四千億年もの間 瞑想されました。 この間、かの佛が禅定されているのを知っていた十六の沙弥は、 各々妙法蓮華経を説きました。 そして、それぞれが六百万億那由佗恒河沙の人々を導いたのです。 大通智勝如来は、一兆四千億年を過ぎた後に瞑想より意識を起こし 普く大衆に向かって告げられました。 「この十六沙弥は希有にして過去に佛を供養し、行を習い、智恵を得た者たちです。 皆、 彼等と親しみ、その教えを求めなさい。 なぜなら、この法を信じ受け保つ者は、阿耨多羅三藐三菩提の智恵を得、 その縁によって四万の佛に巡り会うことができるのです。」 釈尊は座の人々に語り続けられました。 この十六沙弥は現在に於いても法を説かれています。 かの佛の世界より、東・南東・南・南西・西・北西・北・北東の八方に二佛づつ居られます。 そして北東の二佛の内の一方が 私 釈迦牟尼佛なのです。 私はこの娑婆世界に於いて、阿耨多羅三藐三菩提を得、多くの人々に法を説き示します。 私に従って法を聞く者たちは阿耨多羅三藐三菩提を得 ることでしょう。 佛の智恵は信じ難く、理解し難いものです。 しかし、この法によって、皆、仏道に入ることができるのです。 その者たちとは、あなた方と 未来における仏法の弟子たちです。 佛の方便は、小法を求め欲に迷うこと多き衆生の性に応じて説かれます。 もしこれを聞くならば、人々は信受することでしょう。 これは前世からの因縁でありそれ故に、私は法華経によってあなた方を導くのです。 恐れる事無く ありなさい。 例えば人跡未到の広大な密林を越えねばならない一団がいたとしましょう。 その険しき悪道を進むにあたって 彼等を導く導師がいました。 この者は智恵豊かにして、この密林のことをよく知り、心持ち固き人でした。 その一団は道をすすみはじめましたが、やがて、皆、疲れ果て、 口々に不満を述べだしたのです。 「もう疲れてこれ以上進めない。先はまだ長いことだし、ここで引き返そうじゃないか。」 これを聞いた導師はこのように思いました。 「悲しいことだ。もう悪路も半ばを過ぎたというのに。今こそ神通力を使う時であろう。」 そして、堅牢な城壁に囲まれた 立派な城を造りだしたのです。 それを見た団員たちは、密林を抜けたと思い、喜んで城に入り休息をとりました。 そして、皆が充分に休み、気力が戻ったのがわかると導師はこのように言いました。 「さあ、先へ進むとしよう。これは幻の城なのだ。皆が疲れたのを見て 引き返してはならぬと思い、私が一つの手段として造ったものだ。 この森の終わりは近い。元気を出して前へ進もう。」 聴聞する者たちよ、よく聞きなさい。佛もこのようにあるのです。 もし、初めから一仏乗を説いたのなら、人々はその教えを聞こうとせず、 仏道は得難いもので、長い苦行の果てに、ようやく成し遂げられるものだと思うことでしょう。 佛はその心を知るが故に 道半ばの教えとして方便を用い、二乗を説きました。 しかし、その教えは仏智に近いといえども、真実ではないのです。 かの導師は、皆に休息を与えるために化城を用いました。 この城は真実ではなく、その段階を過ぎた後、佛は再び仏智へと導くのです。 妙法蓮華経巻第三 (妙法蓮華経五百弟子受記品第八へ続く) |