その時に舎利弗は厳かに合掌し、釈尊に言いました。 今 このようなお言葉を頂き、私は心に大きな喜びを抱いております。 我等は釈尊に付き従う中で多くの菩薩が※1記を授かるのを見てまいりました。 しかし、我等はその祝福にあずかる事はありませんでした。 私は修行の過程で、 なぜ、世尊は声聞・縁覚の教えを以って、我らを導かれるのかと疑問に思っておりました。 昔、私が他の教えを広めていた時、釈尊は、私の心から邪を取り 平安を与えてくださいました。 そして空を習い、悟りを得たと私は思っておりましたが、 それは真の悟りではないことが、今、はっきりとわかりました。 このような未曾有の法を聞いて、真の智慧を得、心は安穏を得ております。 すると釈尊は、このように語られたのです。 舎利弗よ。 私はかつて二万億の佛の下において、あなたを仏道へと導いてきました。 あなたは常に私に付いて学び、それ故に再び私の法の中に生まれたのです。 あなたは未来世において千万億の佛に導かれ、法を正しく保つが故に佛となるでしょう。 名を、華光如来といい、国は離垢と名づけられます。 そこは、すべてが清らかで、人々の心は常に平安と共にあるでしょう。 地は、瑠璃で出来ており、道は、黄金によって造られ、 樹木には種々の宝玉が実っていることでしょう。 その世は、大宝荘厳と名づけられます。 なぜなら、その世には数え切れない程の菩薩が現われ、 菩薩こそが、大いなる宝であるからです。 華光如来の寿命は二億年を数え、 その国の人々の寿命は、一億三千万年にもなるでしょう。 華光如来が世を去る時、 弟子の堅満菩薩に次のような記を与えるでしょう。 「この者は私の次に佛となります。名を華足安行如来といい、 その国も私の国と同じく美しい処です。」 華光如来が入滅した後、※2正法は五億四千万年 ※3像法も五億四千万年の間続くでしょう。 この時、霊鷲山にいた人々は、 舎利弗が授記されるのを見て、心に喜びと興奮を覚えました。 そして、各々身につけた上衣を釈尊に奉げ、 天の神々は華々を以って、釈尊を供養したのです。 舎利弗は釈尊に言いました。 私に もはや疑悔は無く、阿耨多羅三藐三菩提の記を授かりました。 ところで、釈尊は昔、今、御前におります千二百人の者たちに対し、 我が法は生老病死の苦を離れて悟りに至るものである、と言われました。 そして、この者たちは、その教えに従い、悟りを得たと思っておりました。 しかし、今、初めてこのような大法を聞き、皆、疑いを覚えております。 善哉、世尊、 願わくは四衆の為に其の因縁を説いて疑悔を離れしめたまえ。 すると、釈尊は、次のように語られました。 私が方便を以って法を説くのは、すべての人々を悟りへと導くためなのです。 舎利弗よ、今一度譬喩を以ってこの意を述べましょう。 ある処に大長者がいました。 年を取ってはいますが 財に富み、広大な田畑と三十人近くの子供がいました。 そし、て立派な家に百人、二百人、あるいは五百人からの使用人と共に住んでいました。 ところが、その家の門は狭く、一ヶ所しか無かったのです。 ある日突然、この家が炎に包まれました。 ところが長者の子供たちは、家から出てきません。 遊びに夢中になっていて、火事の恐ろしさに気付かないのです。 長者はこの火を見て恐ろしくなり、どうしたら無事に子供たちを 家から逃がすことができるのか考えました。 「この家の門は一つしかなく、しかも狭い。 このままでは子供たちは遊びに夢中で、 逃げるまでに炎に焼かれてしまう。」 このように思い、大声で子供たちに、すぐ家から出てくるように言いました。 しかし、子供たちは遊びに夢中ですし、火事の恐ろしさを知らないのです。 この子達は、炎とは何なのか、家とは何なのか、また、何を失うのか ということが分からなかったのです。 火の勢いは益々強まり、 もう助けに行っても間に合いそうにありません。 その時、長者は、方便を用いて、子供たちを家から逃がそうと考えました。 そして子供たちに言いました。 「今から、お前たちが欲しがっていた、珍しいものをあげよう。 羊の車・鹿の車・牛の車だ。すぐに来なさい。みんなにあげよう。」 すると子供たちは、以前からこれらを欲しがっていたので、我先にと門から出てきました。 長者は、子供たちが無事に出れたことに感激し、 最も高価な※4大白牛車を 一人一人に与えたのです。 長者の財は極まりが無く、並みの車を以って子供たちに報いるよりも 皆、等しく最上の車を与えようと思ったからです。 舎利弗よ、あなたはどう思いますか。 この長者は約束を破ったことになるのでしょうか。 「そうは思いません。仮に最も劣る車を与えたとしても、火事から子供たちを 守ったのですから、偽りではありません。 ましてや、等しく最上の大白牛車を与えたのですから。」 釈尊は大きく頷かれました。 その通りです、舎利弗よ。 そして、この長者とは佛のことなのです。 佛、即ち為れ一切世間の父なり しかも悉く無量の知見・力・無所畏を成就し 大神力及び智慧力あって 方便・智慧波羅蜜を具足す。 大慈大悲 常に懈倦なく 恒に善事を求めて一切を利益す この生・老・病・死・悩み・愚痴・怒り・貪りが充満する火宅の世に在って、その炎を消し、 すべての人々に 阿耨多羅三藐三菩提を得させようとするが故に、佛は世に顕れるのです。 多くの人々は、財ある故に また、物事に固執するが故に 様々な苦を受け、 後に地獄・餓鬼・畜生の苦を受けるのです。 この※5三界の火宅に在って、方便を用いずに人々を導くことは難しいのです。 人々は苦悩の炎に焼かれています。 どうして佛の智慧が理解出来るというのでしょう。 そこで方便を用いて三乗を説いたのです。 自らの智慧を持ち 仏法を聞いて精進し、この三界から出ることを望む者 これを声聞乗と云います。 仏法を聞いて精進し、智慧を求めて世の因縁を知る者 これを縁覚乗と云います。 佛に従って法を聞き、精進して一切の智慧を求めて、多くの人々を導く者 これを菩薩乗と云います。 長者が等しく大白牛車を与えたように、佛も等しく※6涅槃の楽を与えるのです。 この因縁をもって當に知るべし 諸佛 方便力のゆえに、一仏乗において分別して三と説きたもう たとえば、一つの古びた大邸宅があったとします。 その中は酷い有り様で、柱は砕け屋根は傾いています。 壁は破れ、辺り一面ほこりまみれです。 烏・蛇・百足・鼠などが動き回り、糞尿の臭いが満ち 蝿がたかっています。 悪鬼は食を求めて死肉に群り、牛頭の鬼は人肉を食らい、残忍で常に飢えています。 諸々の餓鬼・悪獣・悪蟲は、自身の飢えと渇きから、恐ろしい叫び声をあげています。 これらの叫喚の叫びが、館全体を包んでいるのです。 この朽ちた邸宅は、一人の長者のものでした。 そして、彼がこの家を離れた後、ここに火が起こったのです。 瞬く間に、柱は倒れ、屋根は崩れ落ちていきました。 しかし、中にいた悪鬼たちは、苦しさから叫ぶのですが、 そこから逃れるすべを知らなかったのです。 これらの邪鬼は、 福徳薄き故に、炎に迫られても、自らの渇きを癒す為に仲間と殺し合い、 その血を啜ったのです。 餓鬼たちは、頭上を燃やしながら、熱さと飢えで逃げ回っています。 其の宅是の如く、甚だ怖畏すべし ところがこの燃えさかる邸宅の中に長者の子供たちが残っていました。 長者は、子供たちにこの家の恐ろしさを訴えたのですが、遊びに夢中で 子供たちは一向に家から離れません。 この時に長者は、三種の車の方便を用いて子供たちを助けたのです。 長者は心から喜び、このように思いました。 「うれしいことだ。この子たちを育てるのは本当に難しい。 何も知らないであんな家の中で遊びに耽ったりする。 炎は燃えさかり、悪鬼蠢く処から、 この子達を助けだせたことは、実にうれしいことだ。」 そして、皆に大白牛車を与えたのです。 舎利弗よ。 私はこの世の父であり、全ての人々は私の子なのです。 この子らは世間の楽に溺れています。 彼らにとってこの世は安楽から遠く、火宅のようなのです。 苦しみは充満し、常に生老病死の悩みがあります。 私は既に火宅の世を離れて、静かなる処で寂然として居るのです。 今此の三界は、皆是れ我が有なり 其の中の衆生は 悉く是れ吾が子なり 而も今此の処は、諸の患難多し 唯我一人のみ、能く救護を為す この法を信じるならば、すべての人々は當に仏道を成ずるでしょう。 もし、少智の者が欲にとらわれているならば、私は苦諦を説くでしょう。 そして、あらゆる苦しみは貪欲から起こっているのですから、集諦を語るでしょう。 この貪欲を無くす事、これを滅諦といいます。 その滅諦を行う方法が道諦なのです。 この※7四諦によって諸々の苦から離れること、 これを解脱というのです。 しかし、私は、この解脱では、まだ真の悟りに到達していないと考えています。 それは未だ無上道を得ていないからです。 この法を聞くことができた者は、大いに喜びを現わすことでしょう。 なぜなら、これらの人々は、過去に無数の佛に出会い、 再びこの妙法に出会えたが故に喜びを得るからです。 この法はみだりに説いてはなりません。 この経は自惚れの心を持ち、私見で考える人に説いてはならないのです。 凡夫の浅はかな知識は欲にとらわれ、この法をなかなか理解できないでしょう。 もし、この経を信じることができなければ、その人の佛種は途絶えてしまうのです。 私が滅した後に、この経を非難する者、又、この経を読み弘める人を謗る者は 亡くなった後、阿鼻地獄へと落ちてしまうのです。 阿鼻地獄を出た後は、畜生界に生まれ 常に飢えと渇きを背負いながら、周りから憎まれ疎まれるでしょう。 この故に、無智の者の前ではこの経を説いてはなりません。 智慧明るく、良く物事を理解する者 このような人に説きなさい。 過去億百千という佛に出会い、善行を修して心持ち固き者 このような人に説きなさい。 常に精進して、憐れみの心を持つ者 このような人に説きなさい。 悪知識を捨て、善き人々に近づく者 このような人に説きなさい。 宝玉の如く清らかで、※8大乗経を求める者 このような人に説きなさい。 常に正直で、心穏やかに佛を供養する者 このような人に説きなさい。 大いなる智慧を持ち、仏法を求める者 このような人に説きなさい。 舎利弗よ。 これらの人々は深く仏法を信受することができるのです。 それ故に、私は時の尽きるまで この法を説き続けることでしょう。 (妙法蓮華経信解品第四へ続く) |